プロフィール

深夜3時の自己紹介 ~始めの一歩はチキンハート~

2020年10月8日

みなさんはじめまして。ありさです。

 

人生はじめての投稿に指が震えている31歳社会人です。
ただ今、2020年10月8日の深夜1時半を回ったところです。

PCオンチすぎるので、
WordPressのテーマを反映させて
この記事を書き始めるのに
5時間はかかりました。。


は~~慣れないことすると疲れますね。
でも新しいことを始めるのはわくわくするので
ぜんぜん眠くないです。


むしろ脳が活性化してます笑

 

…という話は置いておいて、
初投稿なので自己紹介をしますね。

 

1. はじめに

 

私は今、32歳女性で一般企業に勤めている
正直何の取り柄もない
普通のOLです。

 

現在は、ビジネス開始6ヶ月で
収益1,400万円を達成した起業家に弟子入りして
ビジネスを学んでいます。

 

ネットビジネスを始めてから
5ヶ月間の実績を少し挙げると

 

・2日間でツイッターフォロワー200人増加

・メルマガ設置後2週間で読者さん15名突破

 (割とすごいらしいです)

・メルマガ開始後3ヶ月で90名突破

・OLしながら5ヶ月目の収益は10万円を突破

・知識に170万円以上投資

・年収8桁経営者からライティングをベタ褒めされて
 YouTubeで紹介される

・憧れの人に会うために、
 仕事終わりに新幹線に飛び乗り東京へ行き
 翌朝東京からいつもどおり仕事に向かう(笑)

 

など、

ネットビジネスを始めないと
絶対に体験できないような
 かなり濃厚で学びの多い日々を過ごしています。

 

ですが私は、
学生のころは数学はいつも最下位を競争していたくらい
勉強もできる方ではありませんでした。


学校では友人と部活やサークルに明け暮れ、
ショッピングや恋バナが好きなどこにでもいる学生でした。

 

 

 

なぜ何の取り柄もない、
PCオンチの私が
ネットビジネスを始めたかというと、

 

「大事な家族と少しでも長く過ごす時間を作るために、

 お金と時間に余裕を持って暮らしたいから」

 

です。

 

具体的には、
自動収益化を図って
会社の収入に頼った生活をするのではなくて、

自分でお金を稼ぐための
知識やスキルを身につけて

「経済的に自由になりお金と時間を
コントロールできるようになること」
です。

 

こう思うようになった理由は
社会人になってからですが、
キッカケは幼少期まで遡ります。

 

2. 転勤族の宿命 ~いつか終わりが来る~

~記事作成中(お楽しみに!)~

3. ”いい子ちゃん”でいたかったんです。

千葉の中学校に進学しました。

クラスメイトと平凡な毎日を過ごしていたとき、ある日先生から
「生徒会に入ってみない?」
と話がありました。

生徒会って、頭が良くて生徒をまとめたりする人達でしょ?
いやいや、私には無理だ…

と頭の中で思っていながらも、「何とかやってほしい!」と頼み込む先生。


断ることが苦手な私は、何をやるかやどれだけ大変かを理解せずに
「いいですよ」と返事をしてしまっていました。

きっと、先生から”いい子”として見られたかったんだと思います。



そして生徒会に入ってからすぐに後悔しました。

私以外のメンバーは全員学年テストで5位以上をキープしている
優秀な人たちばかりだったからです。


なので、生徒会員になるには一定の学力を持っていないと認められない雰囲気がありました。

対して私は中の下。
深く考えずに決めてしまった私も悪いですが、
このときばかりは先生を恨みました(笑)

でも、推薦してくれた先生や、
何より親に生徒会に入ると伝えたとき

「頑張って!」

と言ってくれた期待に応えたかった。

 

だから、学力も生活態度も「学生の模範となる優等生」になるために
必死に勉強しました。


遅刻や欠席はもちろんできず、言葉遣いや態度も友人や先輩、
先生に常に気を使って心を許せる人はいませんでした。



あるとき、いつも一緒にいた友達から、

「本当の友達をつくった方が方がいいよ」

と言われた時はかなり衝撃を受けましたね。。



自分の心を見透かされたように恥ずかしくなったと同時に、

「ああ、私は親友と呼べる友達はいないんだな…」

と悲しくなりました。



結局、どれだけ勉強を頑張っても、学年10位には入れても5位以上に入ることはなく、
できる人はできる、できない人はできないんだということを悟りました。

そして友達とも上辺の付き合いしかできない。

そんな自分が嫌で嫌で仕方ない毎日を過ごしていました。

 

4. ”いい子ちゃん”の反動。先生から見放される

中学の時みたいに、のっぺらぼうのような学生生活を送りたくない!

 

という反動で高校に入ってからは
全く勉強をしなくなりました。

授業中は寝たりこそこそ漫画読んだり。
定期テストは基本的に一夜漬け。
テニス部に入り毎日友達と部活に明け暮れる毎日でした。

 

そのせいで、高校1年生の2学期にあった三者面談では、
先生から

「大学推薦は無理ですね(笑)」

と早々に言われました。

 

~記事作成中(お楽しみに!)~

5. 有頂天とどん底 ~地球が壊れるかと思うほどの失恋~

~記事作成中(お楽しみに!)~

6. 就職活動 ~氷河期~

大学3年生の秋ごろから、
周りの雰囲気が就職活動始めなきゃ…という空気が流れ始めました。

とりあえず、


「大企業に入れば将来安泰だろう」

と自分が将来なりたい姿などはあまり考えずに、
名前を知っていた会社や
就職活動をする中で知っていいなと思った会社にエントリーしまくりました。

確か200社はエントリーしたと思います。

使いまわしのエントリーシートを書きまくり、
「内定欲しさ」に慣れないリクルートスーツを着て、面談に行く毎日。

多い日だと、1日4社の面談へハシゴしていました。

手帳を見て、日々面談のスケジュールが入っていることが
「まだ大丈夫。どこかには入れるはず…」
という安心材料でした。


最終的には2社内定をいただき、
大手通信会社のグループ企業に入社を決めました。

入社の理由は、
人事担当の方が会社の将来や自分のやりたいことを
熱く語っている姿に胸を打たれて、

「私もこの会社に入ったらこんな人になれるかも…」

と思ったのがきっかけでした。

ちなみに内定をもらうまで、
その会社がどんな仕事をしているかは全く知らないという状況でした。

今考えると、この頃の私はどこかの会社に就職することが
社会人としての”ゴール”だと思っていたように思います。

 

7. 新入社員時代 ~バイトよりも安い給料~

なんの疑いも無く、同期と研修を受ける日々を過ごし、
毎日新しいことに忙殺されていました。

 

初めての給料をもらったとき、手取り金額の安さに衝撃を受けました。

「え…。手取り14万円…?」

時給換算すると900円ちょっと。


毎日朝から夜まで働いて、慣れない仕事や上司、先輩に
ぺこぺこ気を使ってくたくたになって働いているのに、バイトしてた時よりも安いなんて…


確かに市民税や社会保険で引かれる金額もあるってわかってるけど…

「でも、あんなに就職活動頑張って入った会社だし、就職できなかった人や仕事が無い人だってたくさんいる。」
「会社に勤められているだけでも、自分は幸せ者なんだから文句言ってたらバチが当たるよね…」
と自分に言い聞かせて会社に向かう日々でした。

 

8. 東京勤務 ~激務とストレスとの戦い~

入社して3年目に東京へ異動することになりました。


もともと、市場や案件規模も大きくやりがいのある東京に異動してみたい
と思っていたので、
「若いうちから働けるのはラッキーだな」
とわくわくしていました。



…でも、私の浮かれた気持ちとは間逆の現実が待っていました。

会社まで片道1時間弱の間、ずっと満員電車で寿司詰め状態で、会社に着く頃にはすでにクタクタ。

特に夏は隣の人と皮膚が触れ合うのでベタベタしていて気持ち悪いし、
冬は着膨れして乗車人数が少ないせいで極寒のホームで20分待つのはザラでした。



会社では、毎日やってもやっても終わらない仕事をこなすために、
平均14時間は仕事していました。

なので、9時に出社して23時に終わり家に着く頃は日付が変わっている…という日々。
遅いと日付が変わりタクシーで帰る日もありました。



何よりキツかったのが、上司との人間関係でした。

着任してすぐに、慣れない仕事に苦戦している私に対して


「今までどうやって仕事してきたの?」
「会社員として失格。ありえない。」

 

とこれまでの社会人生活を全否定されました。

職場では隣の席だったので、何よりも周りの人に聞かれるのが辛かったです。

この恐ろしい上司と2、3年は一緒に仕事をしないといけない…
何とか認めてもらわないと…
と思い、私は上司に対して”いい子ちゃん”を演じるためにイエスマンであり続けました。

同時期に同じ担当に配属となった2人の社員は、次第に心を病んで、
一人は突然会社に来なくなり、もう一人は異動希望を出して他の担当に変わりました。

私も四六時中上司と一緒にいて
「こんなこと言ったらまた怒られるんじゃないか」
とびくびくしながら仕事をする毎日でした。


朝起きたら「今日は何て言って会社を休もうか…」と必ず考えるくらい
会社に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。

あるとき、ずっとストレスを抱えていたからか、声が上手く出せなくなりました。


言いたいことが言えない。常に喉に何かがつっかえている感覚があって、言っても声が小さくて擦れているんです。


このときの衝撃は忘れられません。

「とうとう私もやばくなってきたな…」

と思いながら、それでも毎日身体を這って会社に行きました。

それからもずっと”いい子ちゃん”を演じ続けて、あっという間に3年が過ぎ、また名古屋に戻ることになりました。

 

9. 結婚したきっかけ

東京で勤務している間、おじいちゃんが危篤状態になりました。


小さい頃から私や妹に一発芸を披露して笑わせてくれたり、
お酒が大好きで酔うと昔話をたくさん聞かせてくれたり、
夏休みに九州のおじいちゃんやおばあちゃんに会うのが
楽しみで楽しみで仕方なかったです。


「おじいちゃんが倒れた」


と母から連絡があったときは、仕事中でしたが涙が溢れました。



「こないだ会ったときはあんなに元気だったのに…私まだ何も恩返しできてない…」

私に何かできることはないかと必死に探したとき、
前におじいちゃんに会ったときに

「ありさちゃんは結婚はまだなのかな?」
「結婚式楽しみだなぁ」

と言われたことを思い出しました。



少しでもおじいちゃん孝行したい。
考えたくないけど、最期におじいちゃんに安心してもらいたい。

当時付き合って6年だった今の旦那さんに
「おじいちゃんが生きている間に、良い報告がしたい」
と直談判して結婚することになりました。

 

結婚することが決まった年の夏、おじいちゃんは帰らぬ人となりました。



結婚の報告をしたとき、とても嬉しそうに


「ありがとう。ありさちゃんの結婚式まで頑張って生きるから。楽しみにしてるね」


と言ってくれたのに。

間に合わなかった…


おじいちゃんのお葬式で私は後悔と悲しみで泣き崩れました。

「なんで早く結婚しなかったんだろう…」
「なんでたくさん会いに行ってあげなかったんだろう」
「いつでも電話して声を聞かせてあげられたのに。なんでなんでなんで…」

ストレスを抱えながら仕事に忙殺されて、
大切な人と過ごす時間がなかった。


なのになんで私は仕事をしているんだろう?


今まで、どんなに辛くても仕事をすることを疑わずにやってきました。
だけど、大切な人を亡くしたことで、だんだんと仕事をする意味がわからなくなっていきました。

 

ただ、こんなことをつらつらと考えていても、このままじゃダメだと思うだけでした。

でもどうすれば良いかわからなかったんです。

 

いろんな人のブログやツイッターを見て、
ブログや本を読んでチャレンジしたことはありましたが、

頭の片隅で、

「本当にこれで合ってるのか?結局成果でないんじゃないか?」

と思いながらやっていたので、3日と持たず続きませんでした。

 

10. 運命の出会い

そんなときに、

「インターネットビジネスで自動でお金が入る仕組みを作り、
 今は起業して年間数億円稼いでいる」

という方をツイッターで発見しました。

 

え?そんな旨い話があるわけない。
めちゃくちゃ怪しい。危ない人なんじゃないの?


とかなり疑っていましたが、興味と好奇心に負けて
その人のツイッターやブログ、YouTubeを見始めました。

 

そこから頭の中で何かが弾け飛びました。

 

…え?何この人。めちゃやばい。知識量やばいし頭良すぎる。
きっと本当にネットビジネスで成功している人だ…!

と時間があればその人の情報を見ることにしました。

 

その神的な人いわく、

「大事なのは、座学・知識・勉強。超絶に頑張ればできる。儲かる」

「収益化の仕組みを作るにはレバレッジの効くネットビジネスが良い」

と。

 

続けても成果につながるのか?意味ないんじゃないか?
と思っていた自分に勇気と希望を与えてくれました。

 

ここまで読んでいただいて、
その神的な人の回し者なんじゃないの、怪しいビジネスの勧誘系?
と思われた方も多いと思いますが、
私はその神的な方とは直接接点はないですし、
私はほんとに何の特技や特徴もない一般人なのでご安心ください。笑

怪しまれることは覚悟の上で書くの怖かったですが、
大きなキッカケをくれたこの人無しにはこのネットビジネスを始めることはありませんでした。

 

・今の自分から脱却できる一歩を踏み出して自分の力で人生を変えて生きたい。

・産まれてきて、生きてきてよかったと思える人生を送りたい。

・そして、できることならいろんな人に良い影響を与えられる人になりたい。

 

そんな人間になれるようにこれから頑張りますので、あたたかく見守っていただけると嬉しいです。

 

11. 最後に

 

…もう4時近くになってしましました。あっという間の2時間半でした。。

高校生ぶりくらいに日記っぽいものを書きましたが、想いを文章にするのって難しいですね。
書きオワタと思ったらどっと疲れが出てきました。明日も仕事なので、これくらいにしてもう寝ます。

おやすみなさい。

 

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■なんでネットビジネスやっているの?
とよく聞かれるので、プロフィール記事に書いたこと以上に熱い想いでレポート書きました。
書きながら、いつの間にか号泣していたのでこの名前にしています。

読んでいただいた方から、
・温かさと感動がいっぱい詰まっていてもらい泣きしました。
・産まれて初めて使う表現になりますが、最高×100倍ぐらいの評価で素晴らしいレポートでした!
と嬉しいメッセージをいただきました:;

大号泣レポート

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